遺跡天国、ヨルダン

ユダヤ人が多いイスラエルからアラブの国々へ。まずはヨルダンである。モロッコでも思ったが、ムスリムの中でもいい加減イスラムの人も結構多い。イスラム教徒全員が毎日五回メッカの方向いて祈っている訳ではない。酒飲んでいる人も多い。あるヨルダン人は祈ったのは三ヶ月前が最後と言っていた。そんな彼はラマダンの時も日中から断食なぞせずにガンガン食べているらしい。

・・・でもアッラーのことは信じているけどね!との弁。

そのスタイルを、僕はカジュアルムスリムと名付けた。

ヨルダン人は少し見た目がヨーロッパっぽく、完全にアラブという感じではない。そしてこの国は石油があまりなく、水もない。しかし周りがシリアやイラクとやばい国ばかりなので難民が押し寄せ、人口が増えている。あとパレスチナ人も多い。なおヨルダンはアブドラ王が支配する王国であり、民主主義ではない。

僕の友達はUNHCRに勤めていてイラクとシリアの国境付近で働いているのだが中々大変そうであった。普段住んでいるところから難民キャンプまで片道2時間。そしてその難民キャンプはぶっちゃけ微妙な軍事勢力が支配しているのだが、難民がいるので支援しないわけにはいかない、と言っていた。素直にすごい。住んでいるところも砂漠で周りが何もなく、娯楽がタバコくらいしかないらしい。

死海とジェラシュ

ヨルダンでは観光が重要な外貨獲得源であり、僕は首都のアンマン、死海、北部のジェラシュ、南部のペトラ遺跡とワディラムに行った。まず死海だが行ったのが12月なので完全にローシーズン。ってか寒い。これはドゥブロヴニクと同じパターンである。一番ビーチが綺麗そうだったクラウンプラザのビーチに行ったのだが、人が全然いない。まさに死海、、、って意味違う。死海は塩分が濃いので泳げない人でもぷかぷか浮けるというのは有名な話。しかし僕は前も「結局何が健康な食事なのか」で書いた様にお肌が弱っちいので、1分くらいで脱走しようと思っていた。だが想像より塩分は強くなく、お肌ぴりぴりって感じでもなかったので7分くらいは浮いていた。あと死海の泥パックというのも主要な遊びなのだが、お肌が弱っちいのでこれまた諦め。って肌のことばっかりだな!女子か!シャワーは温水ではなく水で、これまた冷たかった。さぶぶぶ。

死海やアカバはヨルダン人にとっても身近なリゾート。誰に聞いても休みにちょい遊びに行くのは死海と言っていた。

アンマンから死海まではアラブ諸国でメジャーなタクシーアプリ、Careemを活用。しかし死海にCareemの車がいないことは分かっていたので、アンマン~死海のCareemドライバーに死海~ジェラシュ~アンマンの移動を交渉し、運転してもらった。ヨルダンではUBERも使えるけど台数が少ない。

ジェラシュはとても良かった。ローマ時代の遺跡なのだが、僕はギリシャのアテネのパルテノン神殿を思い出した。遺跡好きにはたまらないですな。

ペトラ

ペトラ遺跡はアンマンからバスで移動。朝6時半発のJETバスである。泊まったのはペトラゲストハウスホテルというところだったのだが、ここは場所が素晴らしい。ほぼペトラ遺跡の入り口にあるので、大きな荷物を抱えていても全く問題ない。すぐ預けて時間ロスなく遺跡に出発でござる。

ここでのポイントはJETバスはワディムーサの街中ではなく、ペトラ遺跡そのものに直行するということ。このホテルの場所の素晴らしさはUSモニュメントバレーのザビューホテルに次ぐだろう。「岩!モニュメントバレーと狭過ぎアンテロープキャニオン」参照。

ペトラの中はひたすら歩いた。12月だったのであまり暑くなくちょうど良かったが、これが夏だったら地獄だったはず。少なくとも歩いて一番上の修道院、エドディルにたどり着くことは不可能だったと思われる。ロバに乗れ乗れとベドウィンがうるさかったが。。。

そしてロバやら馬やらが多いせいで、ペトラは動物のフンが多すぎる。歩くというよりも、フンを避けるゲームをしている感じ。馬車が街中を走っていた時代は今よりも断然不衛生だったに違いない。僕は無理だわ。

途中のエルハズネも勿論すごいのだが(インディージョーンズ3最後の聖戦に出ていたのはこっち)、一番上にあるエドディルはでかくて素晴らしい。

エルハズネを上から見るルートは行くつもりはなかったのだが、迷子になってうろうろしているうちにいつの間にか行ってしまった。そしたら辺りは段々暗くなって来て、、、最後に入口付近の渓谷を歩くときは真っ暗でフンを避けるために携帯のライトを使用したよ。よよよ。

ワディラム

んでペトラゲストハウスに一泊した後、朝からミニバスでワディラムへ。ミニバスは夜に泊まるベドウィンキャンプにアレンジしてもらっておいた。キャンプはヨルダン元在住者おすすめのKhaled’s camp。ディーシーというワディラム外の地域に泊まるツアーも多くあるので要注意。罠である。

ワディラムでは1979年製トヨタのトラックで砂漠を駆け回る。砂漠は免許いらないらしく、ベドウィンのドライバーは免許を持ってないと言っていた。ワディラムはスターウォーズエピソード1のポッドレースが撮影されたところ。あと、忘れちゃいけないアラビアのロレンス。

しかし、正直僕はこの時砂砂したものに疲れていた。なぜならイスラエルの前にいたエチオピアがだいぶ砂っぽくて服もカバンも全て砂っぽくなっていたからだ。なので砂丘をボードで滑り降りるサンドボードは2月にペルーのイカでやったなーとか、ワディラムの雰囲気ってモニュメントバレー近くでナバホ族に連れられてドライブした時と似てるぞとか思ってしまっていた。。。

ワディラムのツアーは結構適当で、岩場につくとじゃあ見といて~俺はベドウィンの仲間とお茶飲んでるから~というパターンが繰り返された。別にいいんだけど。あとお昼を作ってくれるのだが、準備に二時間、、、時間かかりすぎでしょ!

ベドウィンが砂漠出身というのは本当だった。他のヨルダン人同様、たまにビーチ遊びに行くけど、やはり砂漠のほうが好きらしい。若者は特に娯楽がないらしく、趣味について何度聞いてもみんなでお茶飲んでおしゃべりしか出てこなかった。スマホはみんな持ってるけどね。

兄弟の数はかなり多く、13人だったり、24人だったりする。ひとりの旦那さんに奥さんが2人だったりそれ以上だったりするのが原因だが、それにしても多い!誰でも親戚になっちゃう。ベドウィンもイスラムを信じている。信心度合いは人によって差があり、お祈りしてる人もいれば、しない人(カジュアルムスリム)もいる。

そして夜は寒かった。これまたローシーズンのため、他に客がいない。貸し切りでござる。星見えるかなーと思っていたが、あまりよく見えず。遠くの方に光があるんだもん!長野の方がよく見えるぞ!!!

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